最終回の前に、現在進行形の会社を一つ取り上げます。株式会社Yondemyの「ヨンデミー」です。
2020年に設立され、同年12月にサービスを開始した会社で、子どもが読書にハマるオンラインの習い事を手がけています。AIが一人ひとりの読む力と好みに合わせて本を選び、一日三分のミニレッスンとゲームの要素で、読書を習慣にしていく仕組みです。
書店の児童書売り場で20年以上仕事をしてきた人間として、この会社の打ち手には既視感がありました。

最初の壁は、認知だった
当初、認知を広げる手段は自社のSNSでの発信が中心で、そこでもそこそこの認知効果はあるもののその後の大きな展開への拡がりにもう一歩といった感じです。東大発の学生ITベンチャーということでSNSマーケティングはしっかりやっているのですが、私自身は少しSNSだけの展開には懐疑的で、リアルな店頭アクセスや口コミでの販促展開を行うのが最後の一押しになるのではないかという感覚を持っていました。そこで提案したのが、全国のリアル書店でのヨンデミーを基軸とした子どもの読書サークル展開です。
商品は良い。使った家庭の評判も良い。それでも、届く範囲が自分の発信力の外へは出ていかない。第2回で書いた「良い商品と売れる場所は別問題」が、そのまま当てはまる状態です。そこで、
リアル書店を基軸にした教育アプリマーケティングの基本設計
1,書店が集客・アプリ登録まで誘導
2,この導線で完了したお客様のレベニューシェアを書店へ還元
3,近所の読書好きの子どもへ定期的な読書サークルインベントを店舗で実施 → 一人で読むよりリアルな読書仲間がいればもっと本が楽しくなる
4,書店も活性化して、レベニューシェアで店舗にも利益還元される
という基本設計でした。
子どもと本が、すでに集まっている場所へ
そこから軸足を移した先が、書店と進学塾でした。
書店では、くまざわ書店や未来屋書店との連携が進んでいます。2026年6月にリニューアルした未来屋書店名取店では、児童書売り場を同社の読書力の指標である「ヨンデミーレベル」の順に並べた選書棚が設置されました。学年ではなく、読む力の順に棚を並べ替えたわけです。
進学塾では、浜学園で必修化され、伸学会の目黒校にも導入されています。
第4回と第5回で、私たちが書店にたどり着いた話を書きました。親子が長時間滞在し、実際に手に取ってもらえる売り場を選んだ、という話です。やっていることはよく似ています。ただ、ヨンデミーの場合は一人ずつではなく、塾や学校という集団ごと入っている点が違います。
そして、この違いが効きました。
集団に入ると、効果が測れる
同じ塾の生徒は、同じテストを同じ条件で受けています。同じ学校の子どもたちは、同じ図書館を使っています。だから、使った子と使わなかった子の差を、数字で出すことができます。
同社が公表している数字を挙げます。浜学園では、週4日以上読んでいた62名について、2025年7月から10月の公開テストで国語の偏差値が平均で約4ポイント、全教科で約2.5ポイント上がったとされています。伸学会の目黒校では、週5日から7日読んでいた21名で、約9か月のあいだに全教科の平均偏差値が約7ポイント上がったと公表されています。
愛知県豊橋市では、2025年6月から市立小学校二校で実証実験が行われ、導入から約半年で学校図書館の貸出冊数が前年比2.24倍、夏休み中に全校児童の71%が自主的に利用した、と発表されています。受講者の月平均読書量は25.6冊で、一般家庭の約8倍だそうです。
これらはいずれも同社または同社の調査による数値で、第三者の検証を経たものではありません。

会計士として、この数字をどう読むか
正直に申し上げると、職業柄、私はこの手の数字をまず疑います。
62名、21名というサンプルは小さい。期間も数か月です。そして「週五日以上読んでいた子」だけを取り出した集団ですから、もともと勉強に前向きな子が集まっている可能性は否定できません。因果関係の証明としては弱い、というのが率直な評価です。
ただ、だから価値がないとは思いません。中小企業が自分で用意できる証拠は、たいていこの規模です。大学の研究のような設計は、現実には組めません。
私が評価するのは、対象人数も期間も測り方も、公表のなかに書いてあることです。条件が書いてある数字は、読み手が割り引いて読むことができます。条件の書いていない「満足度98%」より、ずっと信用できる。中小企業が証拠を出すときに真似すべきなのは、数字の大きさではなく、この書き方のほうだと思います。
狙っていなかった効果のほうが、強いことがある
豊橋の小学校では、数字以外の変化も報告されています。休み時間に本の話をする子が増えた、授業への集中力が上がったように感じる、語彙が増えて気持ちを言葉で伝えられるようになった。保護者アンケートには、ポルトガル語で「言葉をあまり理解していなくても、読めるようになったのがうれしい」という趣旨の声が届いたそうです。
読書量を増やすために始めたことが、教室の空気や、日本語を母語としない子どもの居場所にまで届いている。当初は狙っていなかったはずのこうした効果が、行政や教育現場に対する説得力をつくっています。
理論で言うと
二つ、申し上げたいことがあります。
一つめは、売り先は「人が集まる場所」だけでなく、「効果が測れる場所」で選べる、ということです。個人に一つずつ売っていると、満足は一人ずつにしか積み上がりません。集団に入ると、比べられる形でデータが出ます。そしてそのデータが、次の集団を口説く材料になる。小さく始めて、測って、その結果で次に入る。第3回の散髪屋の実験と同じ構造を、記録を残しながらやっているわけです。
二つめは、証拠は量より条件だ、ということです。顧問先から「うちも実績を数字で出したい」とご相談を受けたとき、私は結果ではなく、測り方を先に決めましょう、と申し上げます。誰を、いつからいつまで、何と比べて測るのか。これを後から決めた数字は、どれだけ大きくても疑われます。先に決めてあれば、数字が小さくても使えます。
次回予告
次回は最終回です。特許、ブランド、売り場との関係、そして人。決算書には金額として載らないのに、会社の値打ちを決めている資産について書きます。この連載で振り返ってきた30年を、会計士として棚卸ししてみたいと思います。
(次回に続く)
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本連載の経営数値は、創業者一族の講演原稿(2002年・2006年・2010年・2022年)および研修資料に基づく概算値であり、監査済み財務諸表の数値ではありません。第9回のヨンデミーに関する数値は、株式会社Yondemyの公表資料によるものです。
筆者:吉條嘉家(公認会計士・税理士)/Kakitsu株式会社
