1、はじめに
2、世界で最も裕福な国の世界で最も不幸な子ども(世界の貧困地域と日本の子育て環境)
3、「夢が持てない」「先が見えない」と言う若者とインドに学校を作る若者
4、過熱化する幼児教育と主体性(やる気)のない子ども
5、引き算の育児とは?
① 足し算の育児と引き算の育児
② 引き算の育児って放任主義のことなの?
③ お母さんの育児ストレスを引き算する
④ 親の期待を引き算する
6、引き算の育児が達成できること
① 自分を信頼すること
② 自分を好きになること
③ 自分の未来に明るい確信が持てること
7、引き算の育児が達成することの先に
① 他者を信頼できる力
② 他人に共感し協力できる力
③ 愛を持って「世のため人のため」に動くことができる力
8、具体的に何をするか?
① 育ちの環境づくり
9、おわりに
はじめに
私は、1995年から2020年までの25年間LaQ(ラキュー)という教育ブロック玩具の企画・開発・ブランディングと販路開発を行なって来ました。その中で、この商品を販売していく中で玩具を子供の育ちと学びの中でどのように位置づけ、販売していくかということを長年考え、LaQ(ラキュー)をその考え方に沿って商品の企画をしてきました。
LaQ(ラキュー)は、元々は1993年に私の父が発明し商品化した商品です。ただ当初は、開発にかかる投資額が2億円を超え、既存商品の売り上げも低迷し、毎年の損失も2千万円を超え会社は倒産寸前の状態でした。私がLaQに関わるようになったのはこの頃です。
私自身は、それまでは発明家の父が不安定な事業の中で翻弄され、また父自身が大変な変わり者であったため、家計が恵まれているうちに自分はしっかり裏付けのある仕事に就いて、そのうち自分が家族の生活を支えねばならないという思いもあり大学3年から公認会計士の勉強を始め大学を卒業した年に公認会計士二次試験に合格、会計士捕という資格で社会に出たばかりの頃でした。
LaQは、1993年私が公認会計士試験に合格し社会人になった頃に完成、奈良の吉野という辺鄙な田舎で、商品化し販売を始めましたが、当初は、「生活雑貨をなんでも作れる造形素材・大人のホビー商品」という企画で発売を開始していましたが、鳴かず飛ばずの状況でした。
そんな中、私自身も休暇などで実家へ帰ると、父の発明したLaQを見ては「父は面白いものを発明したな」と思ってはいるものの、就職が決まったばかりで、特に父と一緒に仕事をするという気持ちはありませんでした。そのうち1995年の阪神大震災の年に、父が会社の決算書を持って「お前が帰って来なければ、来年はお前が生まれ育った家も何もかもなくなるぞ。」というようなことを言って訪ねてくるようになりました。当時私が勤めていた大手監査法人の事務所長にこの決算書を見せたところ、「実家が大変なことになっとるやないか?!しばらく休職して良いから一回帰って様子を見て来い。」ということで、1995年10月にLaQを企画・販売するヨシリツ株式会社へ入りました。当時会社の状況は、私の腰掛的なお手伝いでどうこうなるような状態ではなく、結局そのまま監査法人を退職しLaQの仕事に本格的に携わることとなりました。
そんなこんなで、LaQの仕事をすることになりましたが、会社が倒産寸前の状況だけに人を雇うこともままならず、スタッフといえばわずかな工場のパートさんと家族だけで、商品企画・ブランディング・販路開拓全てを父と全く素人の自分でやらざるを得ないという中、テンテコ舞いの仕事が始まりました。
そんな状況の中、私はLaQをどういうイメージで販売するのか、またそのイメージだとどのようなロゴやパッケージが相応しいのか、そして、LaQを製造販売しているヨシリツという会社は、どういう会社であるべきなのか?ということを考えるようになりました。
私自身LaQを見た時の第一印象は、レゴブロックのような教育玩具というイメージでした。また子どもたちも夢中で遊んでくれるので、LaQは、子どもにとって根源的な欲求に訴えかける良い玩具だなあという感触がありました。その中で、LaQに興味を示す子ども達の一番多い年齢層は、3歳から10歳でその親御さんは、創造性や集中力をつけるという教育効果を期待してLaQを買い与えていることが見えてきました。そこでレゴ社やその他の玩具メーカの理念や考え方、教育玩具の企画やブランディングの状況を調べ、また幼児教育について、子どもの発達過程や保育者の関わり方、その中で玩具や絵本が果たしている役割について、様々な本を読んで勉強し、LaQで遊ぶ子どもたちの体の発達と知能の発達の様子を観察し、自分なりに商品の企画やブランディングに活かしていくようになりました。この結果、LaQの教育効果を効果的に引き出す商品企画や、これをアピールするパッケージやロゴのデザインを1から見直して、現在LaQが販売されている基本コンセプトを作っていきました。
このような活動の中で意識して子ども達の様子を見ていくと、日本の子どもたちが物質的にも家庭的にも、非常に恵まれているにもかかわらず。無気力であったり、周りの様子をすごく気にしていたりと、私がもともと持っていた子どものイメージと少し違う子たちが多くいるような印象を持つようになりました。
もともと私自身もそうでしたが、子どもの頃というと好奇心が一杯で、何か面白そうなことがあると、一直線にそれに向かっていって周りのことに全く気が利かなくなってしまう。また、無邪気でやんちゃでわんぱくというイメージであったものが、何かお行儀がよくて周りを気にできる良い子?が多いイメージです。
そのうち世の中で、若者を対象とした統計調査などを見ていくと学力調査は世界的に見て決して低くはないものの、「将来に希望が持てない」とか「先が見えずに不安感を持っている」という若者が非常に多いという報道も目につくようになってきました。
さらに、若者の自殺者数も高止まりしているというような話も耳に入ってきて、これほど恵まれチャンスがいっぱいある日本という国に生まれて、自ら自分の可能性と人生を諦めてしまう若者が多いと言うのは、この先一体日本はどうなっているのかなと思うようになりました。そして、その大元の原因が長年多くの小さい子どもたちの様子を見てきた経験上、どうも幼児期の育ちや遊び、そして周りの大人の子どもに対する関わりの中にあるのではないかと感じるようになりました。
子どもの発育や幼児教育については、様々な専門家の方々が既にこのような問題点を指摘して、どうしたら現代の子どもを取り巻く環境を改善し、子どもが健全に健やかに成長できるかということについて社会的な実践活動を数多く行なっておられます。私は、LaQを企画し販売する中でこの様な方々に沢山お会いして、お仕事をご一緒させていただく機会がありました。その中には、マスコミや世間に注目されている活動以外にも、コマーシャリズムやセンセーショナリズムと一線を画して草の根的な地道な活動で世間的にはあまり目立っていない活動の中に本当に素晴らしい活動がたくさんあるということも見えてきました。
今回は私がLaQの企画開発の中で関わって、素晴らしいと感じている草の根的な取り組みもご紹介しながら、私なりに気になる状況や現象への考え方をご紹介し、少しでも子どもたちの生活環境が良くなり、引いては良い環境で育った子どもたちが、今後の日本の社会を良くしていけるような助けになればと思いました。
