お問い合わせはこちら

記事・コラムColumn

事業承継~株価対策だけでない大きな問題~

避けられない対立 #4 娘と息子に、同じ価値観が別の形で当たった

「家事子育てをしている息子は、経営者としてふさわしくない」

2025年、盛和塾の経営体験発表で、私は父との対立を整理しました。そのとき「父の思い」を五つにまとめています。その四番目が、この一行です。

ただし、これは父から直接聞いた言葉ではありません。人づてに伝わってきたことを、私が自分の言葉でまとめたものです。父がそういうことを言っていたらしい、という形で届きました。この回では、そういう伝わり方をした言葉として扱います。

誰が何と言ったかよりも、なぜそれが出てくるのかのほうが大事だと思うからです。

そして同じころ、東京の上場企業では、一人の娘が女性であることを理由に扱われていました。

形はまるで違います。けれども出どころは一つではないか。それが今回の話です。

2000年、東京へ

順を追って書きます。

2000年、ヨシリツの東京事務所を開設しました。その立ち上げに合わせて、私は大学時代から付き合っていた妻とともに東京へ移りました。

このころの私は、営業の最前線にいました。書店という新しい売り場を開いた直後で、全国を回っていた時期です。別の連載「LaQに学ぶ 中小企業のマーケティング」で書いてきた、あの現場です。

そして2003年に長女が、2006年に次男が生まれました。

完全核家族で子育てをするということ

生まれてわかったのは、夫婦二人だけでは手が足りない、という単純な事実でした。

妻は都内に勤めに出ていました。私のほうが時間に融通が利きます。ですから育児は、主に私が担うことになりました。2003年の話です。

それでも足りません。私が出張に出れば、家に大人がいなくなります。そのたびに京都から来てくれたのが、妻の両親でした。義父は当時、重い病を抱えていました。それでも来てくれました。

私の両親は、東京に育児を手伝いに来ることはありませんでした。

理由として聞いていたことが、二つあります。一つは、自分も会社経営が忙しいということ。もう一つは、妻が自分の会社に入らないことへの不満です。

営業の最前線を離れた

育児の中心を担うということは、営業の最前線から離れるということでもありました。

全国を回っていた人間が、急に回らなくなる。事務所の中で不満の声が出ました。これは、当然だと思います。会社として見れば、戦力が一人抜けたのと同じです。その影響は実際にありました。

そして、その声が父の耳に入り、冒頭の一行につながった、と伝わっています。

性別によって要求の向きは逆になりますが、出どころは同じ一つの像です。

2003年の日本で、男が育児をするということ

ここで、数字を置いておきます。感情の話に落とさないためです。

厚生労働省の「雇用均等基本調査」によれば、男性の育児休業取得率は、2002年度が0.33%、2004年度が0.56%、2005年度が0.50%でした。2007年度でようやく1.56%です。

つまり長女が生まれた2003年ごろ、男性が育児のために仕事を離れることは、統計の上ではほとんど存在しない行動でした。百人に一人もいません。

参考までに、直近の2024年度は40.5%です。二十年で、まったく別の社会になりました。

ですから当時、私のしていたことが事務所で理解されにくかったのは、父個人の問題というより、その時代の標準がそうだった、ということでもあります。

なお「イクメン」という言葉が広まり始めるのは、もう少し後です。ファザーリング・ジャパンというNPOが発足したのは2006年11月。私もこの団体からメンバーにというお誘いをいただきました。ただ、育児で時間が取れず、お断りしています。育児の団体に、育児のために入れなかったわけです。いま思い出すと、おかしな話です。

「妻が会社に入らない」という不満の正体

ここからは、会計士としての見方を書きます。

父の不満の一つは、妻が家業に入らず、外で働いていることでした。これは感情の話に見えますが、実は会社の設計思想の対立だったと思っています。

同じ2025年の経営体験発表で、私は当時の「私の思い」も三つにまとめています。一つめが「120%で売上が拡大していく中、会社の内部統制を整えて社員が夢を持って働ける会社にしたい」。三つめが「会社は従業員と社会に貢献する公器として、ディスクローズに耐える経理体制」。

一方、同じ資料にまとめた「父の思い」の三つめは、こうです。「基本的に自分が立ち上げた会社なので、自分の好きなように経営したい。銀行や社員にとやかく言われる筋合いはない」。

並べると、はっきりします。

同族企業では、経理や総務を親族が担うことが珍しくありません。社長の妻が経理を見る、という形は、日本の中小企業でいまも広く見られます。信頼できる人間に金庫番を任せたい、という発想です。

私が目指していたのは、その逆でした。職務を分離し、内部統制を整え、経理を他人に任せられる体制と規模にすること。親族でなくても回る会社にすることです。

この二つは、相容れません。

家の論理からすれば、嫁が会社に入らないのは、家を支えないということです。制度の論理からすれば、親族が金庫番を務める構造こそ、牽制の効かない危うい設計です。

ですから「妻が会社に入らない」という不満は、単なる好き嫌いではなく、会社をどう作るかという対立でもありました。第3回で書いた「家の論理と会社法の論理」が、ここでも同じ形で現れています。

娘には、娘の形で当たった

視線を、大塚家具に移します。

ここでは、慎重に書きます。私は大塚久美子氏の内面を知りません。彼女が何を感じたかを推測して書くことは、この連載ではしないと決めています。書けるのは、公表されている事実と、ご本人の著書にあることだけです。

公表されている事実を並べます。1968年の生まれ。一橋大学の経済学部を出て富士銀行に入り、1994年に大塚家具へ。1996年に取締役。2009年に社長。2014年7月に取締役会で社長を解任され、2015年1月に復帰。そして3月27日の株主総会です。

そして、著書『後継者不足時代の事業承継』の章立てです。五つの章が、すべて対比の形をとっています。その第三章が、「生産」対「再生産」でした。

再生産というのは、子どもを産み育てること、家事やケアのことです。

事業承継を論じる本で、生産と再生産を一章立てて並べなければならなかった。この事実だけで、私には十分でした。経営の本に再生産の章が要るということは、そこに論じなければならない何かがあった、ということだからです。

彼女が何を経験したかは、私には書けません。けれども、章立ては事実です。

同じ前提から、逆向きの要求が出る

ここが、この回でいちばん書きたかったところです。

家父長制的な前提には、「経営者とはこういうものだ」という一つの像があります。家を代表し、外で仕事をし、家の中のことは誰かに任せている男。

この像が、娘に当たるとどうなるか。女性は経営者の像に合わない、という形で当たります。

同じ像が、息子に当たるとどうなるか。家の中のことをしている男は経営者の像に合わない、という形で当たります。

つまり、娘には「女だから」として、息子には「家事子育てをしているから」として届く。要求の向きは正反対です。娘には家に入れと言い、息子には家から出ろと言う。それでも出どころは一つで、たった一つの像です。

私はこの構造に気づくのに、ずいぶん時間がかかりました。自分について言われていたことと、彼女が受けた扱いは、まるで別の話だと思っていたからです。

性別が違うだけで、根は同じでした。

公平を期すために

ここで、自分の側のことも書いておきます。

営業の最前線が一人抜けたのは事実です。事務所で不満が出たことには、正当な面があります。私は育児を理由に、会社の最前線を離れました。その選択の影響を会社が引き受けたことは、否定できません。

また、父の側にも父の条件がありました。父自身、法が変わったあとに生まれ、家制度を知らないまま家長の前提を受け取った世代です。第3回に書いたとおりです。それを選んだわけではありません。

ですから私は、ここで被害者の顔をしたくありません。問題は、誰が悪かったかではなく、「経営者とはこういうものだ」という像が、承継の場面でどう働いたか、です。

この時期に得たもの

最後に、一つだけ付け加えます。

あの数年、私は育児の中心にいました。きつい時期でした。会社での立場も不安定になりました。

けれども、玩具を作っている会社の人間として、いまの日本で子どもを育てるとはどういうことかを、身をもって知ることができました。保育の現場も、親の時間の余裕のなさも、売り場で親が何を見ているかも、机の上ではなく自分の生活として理解しました。

このあと私が書店という売り場にこだわり、売り場に人を置くことにこだわったのは、たぶんこの経験と無関係ではありません。

経営者としてふさわしくないとされた数年が、結果として、商品を考えるうえでいちばん役に立った数年でした。

次回予告

第5回は、「自我の器」の話です。

ここまで三回かけて、世代の断層がどこから来たのかを見てきました。家の文化、家制度のタイムラグ、そして同じ前提が娘と息子に別の形で当たること。

しかし、世代の断層はどの同族企業にもあります。それなのに、後継者の排除まで行く家と、行かない家があります。何がそれを分けるのか。

次回は、その問いに私なりの答えを置きます。ただし、その考え方を他人に当てはめることはしません。使うのは、自分についてだけです。

(次回に続く)

――――――――――

#事業承継 #同族経営 #ファミリービジネス #中小企業 #経営 #後継者 #コーポレートガバナンス #家父長制 #世代間ギャップ #男性育児 #内部統制 #育児休業 #公認会計士 #税理士 #親子

――――――――――

本連載の筆者側の経緯・経営数値は、筆者および創業者一族の講演原稿(2002年・2006年・2010年・2021年・2022年・2025年)に基づく概算値であり、監査済み財務諸表の数値ではありません。本文中の「父の思い」「私の思い」は、筆者が2025年の経営体験発表でまとめたものです。とくに「家事子育てをしている息子は、経営者としてふさわしくない」は筆者が直接聞いた言葉ではなく、人づてに伝わったことを筆者がまとめたものです。男性の育児休業取得率は厚生労働省「雇用均等基本調査」によります。株式会社大塚家具に関する記述は、公表された報道・開示資料および大塚久美子『後継者不足時代の事業承継』(集英社新書、2025年)によります。評価にわたる部分は筆者個人の見解です。

筆者:吉條嘉家(公認会計士・税理士)/Kakitsu株式会社 https://kakitsu.co.jp/


この記事の初出は note です。note で読む

当社の事業についてのご質問・ご相談は、お気軽にお問合せください。

お問い合せはこちら