7、引き算の育児が達成することの先に
前章で見てきた通り、子どもが育っていく過程で一番大切なことは、子どもの心の基礎に①自分を信頼できる力②自分を好きになる力③自分の未来はきっとうまくいくという成功への確信の3つが確立することであると書いてきました。
そして、この基礎が確立してくるとどうなるのでしょうか。
私は、人の心の成長過程は、小さな器から大きな器へのそれぞれの器を一杯にして溢れさせていく作業のようなものだと考えています。
つまり、人の心の中にある一番大切なそして一番小さな器は、自分を信頼し、好きになり、そして他者の評価に頼らない成功への確信を入れる「自我の器」です。この「自我の器」を一杯にしてあげることが、親や祖父母そして保育者など子どもを取り巻く近しい大人の役割であろうかと思います。このことを一般的には「無償の愛を注ぐ」といいます。
環境に恵まれると子どもの自我の器は、すぐに一杯になり、そして溢れて出ます。溢れ出た先には、もう一つこれはかなり大きな社会的な器が待っています。この器に愛が溜まり出すと他者との関係を作れるようになってきます。
具体的には、
① 他者を信頼できる力
② 他人に共感し協力できる力
③ 愛を持って「世のため人のため」に動くことができる力
を溜めていく器です。しばらくは、他者に頼って溜めて行かなければならないかもしれませんが、これがある程度溜まってくると、自分自身の社会経験や人生経験から、そこに溜まっている愛や信頼や(成功への)確信の真実性を自分の理性で検証し、確認できることによって、今度は自分の力で、この愛や信頼や確信を拡大再生産できるようになってきます。そうなると、人生はもう成功したと言えるのではないでしょうか?
そしてこうなるまでに、平均的な標準年齢というものはありません、10代でそうなる人もいれば、20代30代でそうなる人もいれば、一番小さな「自我の器」を一生満たすことができない人もいるでしょう。
「自我の器」を満たすことができず、自尊心が欠けてしまっている人は、往々にしてお金・スキル・資格やブランドなどの外形的な鎧で自分を守ろうとします。しかし、このような人々は、自分に自信がなく、自我の器と社会的な器が満たされ、自信をもった人に出会うと役職の上下関係や年齢や自分自身の権力に関係なく、自分の偽りの鎧を剥ぎ取られてしまうのではないかと脅威を感じて、本能的に排除しようとしてしまうようです。
私は、1995年から25年ヨシリツ株式会社でLaQのブランディングと企画、販路開拓に専念してきました。そして、紆余曲折の末、全国の書店に販路を開発し、それまで玩具業界ではタブー視されてきた玩具の委託販売という流通システムを開発し、全国の書店に拡げてきました。また、海外にも最盛期には28カ国に販売代理店を開拓し、当初、年商7千万円であった会社を3年で単年度黒字、2002年には、累積欠損を解消して、私がいる間には、最終的に年商11億円、社員50名の会社にまで成長してきました。当然のことながら、これは私一人では到底できるものではなく、まずは父がLaQという良い商品を発明してくれたことが一番大きく。後は、明日をもしれない時代から苦労をともにしてくれた社員、そして全国の保育園へ広めていただいた樋口先生をはじめとする全国のおもちゃ屋さんと書店の皆さん等様々な方のお陰もありました。ただこれは、世界へ販売を広げていくための一過程であり、私としては、やっと大きな投資をして世界に販売できる体制になったと思って、その後の投資・成長戦略の策定を行いました。しかし、父からするとそれまでに経験したことのない売上と組織そして借金に喘いでいた時代からは信じられないようなお金が手元に入ってくるようになった時点から、大きな投資をせずに今の体制を守らなければ、会社が潰れてしまうと言い始め、何かにつけて私を非難し周りの社員にも悪口を言うようになっていきました。またタイミング悪く私の後ろ盾になってくれていた母がアルツハイマーの症状を発症して、会社での発言力がなくなっていくとともに、私自身も追い詰められ、最終的には会社を出されてしまいました。
もともと、父を助けて親孝行をしようという思いでヨシリツ株式会社に入ってそれなりに成果を上げてきましたが、結果的には、会社が大きくなりお金がたくさん手に入ることが、逆に父を脅かし苦しめ、そして自分自身をも苦境に立たせることになってしまったことで、私自身本当に苦しく辛い思いをしました。この父との関係においては最後の3年間は私を本当に恐れている様子(これは、私が怖いというのではなく、未熟な信頼の置けない自分の息子が大きな投資に失敗して、今ある自分の立場やお金、会社が倒産してしまうという恐れ・この信頼できない息子が陰謀を巡らせて自分を陥れようとしているという恐れ・未熟な息子が人に騙されて会社を乗っ取られてしまうという恐れ等々)が伺えたので、親であり、社長であり、創業者である父に全権があって私の存在などは恐るに足らないと言うことを、全て父の言うなりに従って、全面的に示してきましたが、残念ながらこれは私の側の問題ではなく、「自我の器」が満たされていない父の問題であったのではないかと思います。
父方の家系は古い名家ではありましたが、様々な因縁が絡み合って、父の幼少期は決して幸福なものではありませんでした。そういった意味で、父方の家系は「陰」の要素が多かったように思います。このことを一般的には家の「因縁」というのかと思います。
その結果、私の父は、普通の人では思いつかない素晴らしい発明をし、十分自分自身に自信と信頼を持っても良いはずであるのに、人を貶めることでしか自分を高めることができず、結果的に人の悪口が好きで、承認欲求が強くあからさまなおべんちゃらやお世辞を周りに強く求めます。逆に自分の常識ハズレな部分や足らざるところについて親身になって忠告してくれる人には、自分の人間性そのものを傷つけられたと感じて、攻撃的になり排除して、継続的な人間関係を築くことのできない人でした。
そのような状態でしたので、周りからの評判も良くなく、会社の業績が良くないときには益々バカにされるという悪循環でした。私は、とりあえず会社が立派になれば、父の評判も良くなり、バカにされることもなくなるだろうと、なるだけ会社を世間並なものにしようと頑張ってきましたが、父からすると私が整えている会社の業務体制や販売システムは、「一流の会社っぽく見せて、私が“ええかっこ”したいだけのパフォーマンスだ」という評価でした。しかし、私は、一番苦しいときに一緒に会社を立て直してきたこともあり、またまさか自分の実の子どもまで排除することはないであろうと、父の足らざるとことには箴言をして、会社と社員のために頑張ってきましたが、最終的に父から会社を追われてしまいました。
私は幸い母方の祖父母のもとで多くの時間を過ごし、主に私の「自我の器」に無償の愛を注いでくれたのは、母方の祖父母でした。母方の家系はそういう意味で、「陽」の要素が多かったと思います。母方の親族は、何事につけても隠し事がなくあからさまで、失礼なことも言いますが、それは親族として愛情を持って最後までお互い面倒を見ましょうという気持ちの裏返しでもあったように思いますが、父は、母方の親族のあからさまで少し失礼な物言いへの恨言ばかりを繰り返し結局断絶状態となってしまいました。
私が全ての業務から身を引いて、もう6年も時間が経っていますが、父の私への被害妄想と恐れや憎しみは、全くおさまらないようです。
人生の最晩年、経済的にも満たされ、世間的にも成功しているのに、実の息子への憎しみと恐れで人生を過ごしていると言うのは、本当に不幸なことで、我が父のことながら哀れでなりません。
その後の私はというと、49歳まで大学卒業の年に取った会計士捕と言う中途半端な資格をほっとらかしにしていたので、まずはこれを完結させようと専門学校に通い、1年で公認会計士資格を取得しました。また、資格取得と並行してヨシリツでは、販路管理システム開発や総務経理の効率的な業務フォロー構築を行なってきましたので、この部分でお手伝いできる会社で仕事を頂いています。
また、玩具の企画や幼児教育については、会計士の資格以前に自分なりに非常に興味あり、自分の天職だと思えるほど好きな仕事でしたから、今もそれまで関わってきた保育園の監事のお仕事は引き続きさせていただき、またこのような文章を書いています。人生100年時代ですから、50歳といえば、まだ半分を過ぎたばかりです。徳川家康が関ヶ原の合戦を戦ったのが50歳前後であったと思いますし、戦後では中内功さんがダイエーを創業したのも50歳の頃ですから、大企業を作って潰すところまで、30年ぐらいでできるのであれば、私にとってもこれからさらに面白い仕事をするのに時間はたっぷりあるのではないかと思っています。
また、周りの皆さんも一部には手のひらを返すような態度を取る人もいましたが、それまで面白い仕事をご一緒させていただいた方々や人間として内面的に認めてくれている人たちは、これまでと変わらずお付き合いいただけています。ですから自分自身が改めて新しい仕事を始めるには、人脈と言う点ではこと欠きません。
今回のことで、私自身が学んだのは、お金や地位やブランドといった私自身の人格や内面から離れた外形的なものは、ある日突然人に奪われてしまうことがありますが、自分自身への自信や確信、そして勉強して得た知識や見識、そして一生懸命に仕事をしてきた仲間や信頼というものは、全く人から奪われる心配がなく将来に生かしていけるということです。
逆に、外形的なお金や役職やブランドに固執して、これを守ろうとすると本当に苦しみと屈辱が多い人生になるように思います。
人生への評価とは、最終的には主観的なものです。自分自身が悔いのない、素晴らしい人生であったと思えることが一番大切です。そして、その感覚は、人生最後の瞬間だけに評価が委ねられているものではなく、常日頃からしみじみと感じてそして周りの人々や地球や自然、そしてこの世界に感謝できる心だと思います。
私は、「引き算の育児」の発想で、あまねくこの世に生を受けた子どもたちに、その成功する人生のきっかけが与えられることが大切だと思っています。では、その思いを実現し日本の将来を作っていくにはどうするかということを最後の章で述べていきたいと思います。
